さようなら、愛・地球博があった185日間

今日、万博会場にほど近いアピタ長久手店で行われている万博バザールに行ってきた。
万博期間中に売り切れなかった各国の物産を売っているだけのイベントだが、売り子さんは万博会場で活躍していた各国の皆さんであり、会場には万博の残り香のようなものと、それを求めてやまない万博ジャンキーたちの熱気のようなものがあふれていた。
まるで中毒のように万博に通いつめていた人たちの禁断症状は強いだろうなあ、と、ひとごとのように思っていたのだけど、わずか十数回しか会場に足を運んでいない自分にも閉幕後思いのほか強い喪失感があった。そしてその傾向は思ったより多くの人に現れたらしく、自分の周囲にも期間中はさほど興味がなかったけど終わってみると淋しいという人は多い。
自分が、そしてみんなが失い、淋しさをもよおさせるものはいったいなんのだろう。あのパビリオンがまた見られないということだろうか、キッコロモリゾーが「バイバーイ」と言って帰ってしまいもうあえないことだろうか。いや違う。たとえ万博会場を開催中のままの状態で独り占めしても、自分は楽しいとは思えないだろう。
結局のところ、失われたものはあの熱気なのだ。
多くの観客、声をからすアテンダント、汗だくになりながら笑顔で誘導する警備員、せいいっぱい自国のアピールをする各国パビリオンとそのスタッフさん、演奏にみなで送る手拍子、なれないステップを踏みながら盛り上がる、笑い、笑顔、歓声、涙、...。
世界中の国が集まり、それぞれの熱気を注ぎ込み出来上がったあの万博という熱狂の坩堝。限られた期間で世界中の人々が互いにアピールしあい、交流するという条件のもとえられたあの熱気は2度と再現できない。それがゆえ参加したすべての人々にそれぞれの愛惜が残った。それぞれのすばらしい思い出とともに。
万博を支えられたすべての皆さん、万博会場に素敵な笑顔や熱気を注いでくれたすべての皆さん、ありがとう。すべてがすばらしい思い出です。
そしてさようなら、愛・地球博があった185日間。2005年の夏はとてもすてきな季節でした。