さようなら、愛・地球博があった185日間

AichiKentarou2005-10-01

 今日、万博会場にほど近いアピタ長久手店で行われている万博バザールに行ってきた。
 万博期間中に売り切れなかった各国の物産を売っているだけのイベントだが、売り子さんは万博会場で活躍していた各国の皆さんであり、会場には万博の残り香のようなものと、それを求めてやまない万博ジャンキーたちの熱気のようなものがあふれていた。

 まるで中毒のように万博に通いつめていた人たちの禁断症状は強いだろうなあ、と、ひとごとのように思っていたのだけど、わずか十数回しか会場に足を運んでいない自分にも閉幕後思いのほか強い喪失感があった。そしてその傾向は思ったより多くの人に現れたらしく、自分の周囲にも期間中はさほど興味がなかったけど終わってみると淋しいという人は多い。
 自分が、そしてみんなが失い、淋しさをもよおさせるものはいったいなんのだろう。あのパビリオンがまた見られないということだろうか、キッコロモリゾーが「バイバーイ」と言って帰ってしまいもうあえないことだろうか。いや違う。たとえ万博会場を開催中のままの状態で独り占めしても、自分は楽しいとは思えないだろう。
 結局のところ、失われたものはあの熱気なのだ。
 多くの観客、声をからすアテンダント、汗だくになりながら笑顔で誘導する警備員、せいいっぱい自国のアピールをする各国パビリオンとそのスタッフさん、演奏にみなで送る手拍子、なれないステップを踏みながら盛り上がる、笑い、笑顔、歓声、涙、...。
 世界中の国が集まり、それぞれの熱気を注ぎ込み出来上がったあの万博という熱狂の坩堝。限られた期間で世界中の人々が互いにアピールしあい、交流するという条件のもとえられたあの熱気は2度と再現できない。それがゆえ参加したすべての人々にそれぞれの愛惜が残った。それぞれのすばらしい思い出とともに。
 万博を支えられたすべての皆さん、万博会場に素敵な笑顔や熱気を注いでくれたすべての皆さん、ありがとう。すべてがすばらしい思い出です。
 そしてさようなら、愛・地球博があった185日間。2005年の夏はとてもすてきな季節でした。

幸せな社会

AichiKentarou2005-09-11

 9日の話しだけど、自分はまたしてもグローバルコモン5のステージ前に腰を落ち着け、南アフリカの民族舞踊を見ていた。
 なんでだかわからないけどアフリカンのダンスは自分にやたらと伝わってくる。古来からの彼らの畏れ、悲しみ、喜びなどが全身で表現されているのを自分は陶然と見つめていた。
 こんなときよく思うのだけど、彼らはヨーロッパが侵略してくる前は幸せな社会を築いていたのだろうか。

 もちろん自分は原始的段階の社会が全てユートピアだったなんて幻想を信じてはいない。原始的段階にとどまっていた社会において残虐かつ悲惨な風習や部族間抗争があったことを無視はできない。
 しかし夢見がちな自分は思うのだ。彼らはヨーロッパほど文明を進化させなかった。しかしそれは遅れていたからでなく、そうする必要が無かったからではないかと。

 人間は「自分とは何か」「世界とは何か」といったことを考え続けてしまう生き物だ。んでも多くの人が納得する答えはなかなか見つからない。
 ヨーロッパ人は答えを得ようととめどなく科学的発展の深みに入り、ついにはDNAや宇宙の起源の解明に至った。しかし、それをもってしてもまだまだ人々は納得しない。ここにいたって欧米はやっと「自分とは何か」という問いにDNAや量子論といった物質面の探求は答えとならないことに気づきはじめた。世界を千回滅ぼしてもまだ余る兵器の数々と共に。

 一方、アメリカ・インディアンやアフリカ部族の神話などを読むと、彼らは彼らの住む世界を妖精や神の存在を借りて余すところなく説明し、納得して生きていたことを感じさせる。彼らの宗教と哲学、そして社会は永続的に幸せで納得できる人生を人々に送らせられるようすでに完成していたのかもしれない。そこに、永遠の未完成文化を持つ西欧人が圧倒的な物質的パワーをもって侵略し、諸部族は皆奈落の底に落とされた。

 考えてみれば人口の爆発も環境問題も全て西欧文明の不完全さ故のものであり、とにかくもその物質的パワーで一方的に侵略された側の人間からすれば迷惑この上ない話しなのだ。
 その環境問題を考え合う万博で、アフリカ人はこれでもかとばかり物質によらない情感の伝授をしてみせる。答えなどとっくに出ているのだと言わんばかりに。

ホワイトバンド

AichiKentarou2005-09-10

 少し万博から話がそれるかもしれない。
 んでも、自分としては万博を通じて世界の貧困の問題や先進国の欺瞞が胸の奥底にズンとたまったような感じがしていて、一連の問題としてホワイトバンドの事を少し書いておきたい。

 今日はホワイトバンドの日、らしい。
 ホワイトバンドは世界の貧困問題を意識して貰うためのものだ。バンドは書店やCDショップなどで300円で販売されているがその収益は貧困にあえぐ人々に寄付されるわけではない。
 そのことをあげてホワイトバンドを問題視する人たちがいる。確かにバンドを買っている人たちの中にはそれが寄付だと思って買っている人もいるだろう。そういう意味では間接的にせよ一部の人の善意を曲げてしまっているかもしれない。
 でも、もとよりホワイトバンドは最貧国の犠牲のうえで贅沢な暮らしをする我々先進国の免罪符でも浄財でもない。むしろ過去の寄付集めのそういった側面、つまり僅かなお金を投げ入れることで自分は貧困問題への責務を果たしたと思う欺瞞を否定し、常に貧困の問題を真摯にみなで考えていこうという意識付けのための道具なのだ。
 自分はかねてからテレビチャリティーを筆頭とした寄付することで問題の根本から逃げ、目を背けさせるあり方に疑問を持っていたので、ホワイトバンドのコンセプトは理にかなっていると思った。

 しかし実際問題としてホワイトバンドの運営団体が不正に利益を得ていないとは限らない。近年チャリティーを騙った詐欺も多く発生したことから、こういったことに警戒感を持つ気持ちも良くわかるし、自分も100%ホワイトバンドプロジェクトを信用しているわけではない。だけどついつい豊かな日常*1に慣れてしまいがちな自分を戒め、何か少しでも貧困解消のため自分にできることはないかと思い続けることを自分に強いるのに良いツールだなと思ってバンドを購入した。子供達にもホームページなどを閲覧させ、自分も欲しいと言ったので買い与えた。

 まあポーズだと言われればそういう面もあるだろうし、自分も政治家がホワイトバンドをつけているのを見ると微妙に違和感を感じる。*2
 でもね、考え続けること、求め続けること、というのは必ず力になると思う。自分はほっとけない。自分は何とかしたい。
 自分も偽善的チャリティは無意味だと思う。でもホワイトバンドの試みをバカにして「ほっときたい 世界の貧しさ」とか言ってる奴らはイカンと思う。
 日本は世界中から資源を貰って成り立っている国だ。もちろん日本は取引の正当な対価*3としてそれを得ているのだから卑下する必要はない。しかし我々日本人は取引相手国に膨大な餓死者が出ていることを無視すべきでない。常にそのことに心を痛め、なんとかしたいという思いが国民の総意となれば日本は貧困問題を解消しうる経済力と政治学的位置づけを持つ希有な(おそらく唯一の)国なのだし。

*1:念のため言っておけば我が家は日本国内の世帯としては平均以下。んでも世界の平均から言えばおそらく上位1%に入り、我が家の消費支出は最貧国の数百から数千世帯分になるだろうということで、あえて「豊かな日常」と書いた。

*2:だってさ、彼らは意識し続けるのにツールが必要な人間じゃイカンと思うのですよ。

*3:武器や麻薬などのけしからんものを販売しているわけではない

2005年、万博のあった夏

AichiKentarou2005-09-09

 今年は夏が終わると共に、万博という大きな祭りが終わる。
 この半年、うわずり気味に泣いたり怒ったり笑ったりさせられた万博とはいったい何だったのだろう。
 この日、自分にとっての最後の観覧のつもりで、全てのグローバルコモンに足を運びながらそんなことを考えていた。

 自分にとって万博はどうしようもなく日本を考えさせられるイベントだった。
 海外のあらゆる国の展示や人々に接し、話し、笑い、買い物で値切り、お釣りをごまかされそうになり、指摘して笑いながら不足を返して貰ったりしながら、自分は日本と世界、日本人とその他の国の人々ということをいつも感じ、考えていたように思う。
 結論が出るたぐいの思索ではない。だけど一つ言えるのは日本に対しても世界に対しても、なにかすごく愛情が深まったなあと思う。

 この日も入場者数は20万人に迫った。もう20万人を下回る日はないかもしれないという悪寒からこの日無理に会社を休んできたのだけど、会場はどこもかしこもうんざりするほど混んでいた。企業ゾーンなんて地獄と言っていい。
 自分は「せっかくの万博なのに」と思うのだ。
 日立もトヨタも良いけど、あんな見せ物で得られる楽しみはテーマパークでも十分得られる。この日はネズミーランドはがら空きだったらしい。アトラクション目当てなら絶対そっちに行った方が良い。
 でもさ、1日に歩いていける範囲で五大陸全ての人々と交流できる機会なんてこれを逃したらまずないよ。挨拶して、サイン書いてもらって、土産物を値切るだけでも、テレビで何時間現地の映像を見るより遥かに貴重なリアル体験だよ。それだけでも何かは絶対感じられるよ。そして自分が他のどの国の人間でもなくどうしようもなく日本人だなあと実感できる機会なんてそうないよ。企業パビリオンなんて暇つぶし扱いで十分。どんなに混んでいても海外パビだけ回るなら10パビは余裕で回れる。10カ国海外旅行できる人なんてそういないよ。

 んだけど実情としては非常に多くの人が企業パビを4時間も5時間も並び、最悪の印象を胸に会場を後にする。もったいないなあと思うのだ。んでも、それが日本人なんだよなあとも思ったりする。

オランダ人の憂鬱

 暇さえあればアホのように万博に行きまくる父親に対し、子供達はやや万博に食傷気味。
 この日もメシだけ食いにスリランカ館につれてこられた子供達はそのまま帰ろうとしたのだが、父親がオランダ館に行くと聞いて息子だけはついてきた。
 オランダ館は床面のスクリーンを車座で囲むという形式のシアターだ。足下のスクリーンは平衡感覚を揺るがせ、独特の臨場感を与える。自分と息子にとって映像のクライマックスは出島が現れたシーンだった。この親子、幕末マニアなのだ。
 我が家にはみなもと太郎氏の「風雲児たち」という漫画が全巻*1あり、息子などはそれを何度も読み返しているために幕末フェチといっても良い状況で、どの外国パビリオンにおいても幕末期における日本との接点を探るという独自の視点をもっている。そんな彼にとって鎖国期、欧州唯一の交易国「オランダ」は心の宗主国とも言っていい存在であり、いかに万博に食傷気味であってもグロコモ1から4へぐるっと半周させることを厭わぬ魅力があるのだろう。足下のスクリーンにて、オランダから波頭を越えてついに出島へたどり着いたとき、自分らフェチ親子は揃って総毛立つのだった。
 オランダにとって日本との交易は有益な部分もあっただろうが、出島という体の良い監獄に幽閉されていた交易員達にとって日本に来ることはけして楽しい経験ではなかった。しかし二百年以上にわたりオランダは文句ひとつ言わず日本にヨーロッパの文物をもたらし、西欧文明の爆発に日本が決定的に出遅れることから救ってくれた。今や日本はオランダをもしのぐ経済大国になったが、往事の大恩に対する感謝ははたして十分なのだろうか。今に至ってもオランダはそのパビリオンにて丁重に「ぜひオランダに来てください」と言ってくれる。「ありがたいことだよなあ」と自分などは思うのだ。つい息子に
「オランダは江戸時代にあれだけ日本のためにわざわざ遠くから来てくれていたのに、日本の人はオランダにいくこともなく偉そうにばかりしていてダメだね」と言ったところ、
「そうはいっても江戸時代は鎖国令で複数本のマストを持った船を作ることを禁じ、造船技術も落ちていたのだから行きたくてもオランダにはいけなかったよ」
と小賢しいことを言われた。
 知識をつけることはたやすいがハートをそれに追いつかせるのは難しいことだなあ。器用に何でも知識を吸収するが、根底にあるヒューマニズムを理解しない日本人に対しオランダ人が抱いた危惧もこんな感じだったのだろうか。

*1:「風雲児たち」は「幕末編」を含めて27巻の大書であり、かつ現在連載中。完結までにはあと十数年かかるだろうと言われているまさにみなもと氏のライフワークだ

日本とサッカー

 サッカーが国の誇りを体現してしまう理由の一つに、代表チームには良くも悪くもお国柄が出てしまうからということがある。
 そのうえでサッカー日本代表を考えると、そこにはやはり真面目、規律正しい、器用、しかし想像力や突飛な発想に欠けるといった長年日本人について言われてきた特質が並ぶ。
 しかしここ数年、そんな日本代表も大きくイメージを変えてきた。
 まず、いわゆる「ドーハの悲劇」までには繰り返し言われてきた致命的な「本番での弱さ」「ここ一番での勝負弱さ」はすっかり影を潜めた。これは日本サッカー協会が長年真面目に手がけてきた日本サッカー全体のレベルアップの結果でもあるけど、日本人の主に若年層がそれより上の世代の不合理性を排除して身につけた新たなパーソナリティではないかと思われる。
 他分野における日本人の活躍を見ても勝負強さというのは定着した形質のようにも感じられ、それがサッカー日本代表にも現れているのではないか。
 そしてジーコ、なのだけど、ジーコの話しをすると長くなってしまうので書かない。けど、良くも悪くもサッカーの不確定性を理解し体現している人だと思う。
 そういえばブラジルって参加してないね、万博に。サッカー博物館状態でも間違いなく人気パビリオンになっただろうに。ジーコの力で何とかできなかったのかなあ。日本万博協会はジーココネクションを使わなかったのだろうか。大抵のことはできるだろうに。

万国サッカー事情

 外国館でその国のサッカーチームのユニフォームや映像を展示している国は多い。ざっと思いつくだけでスペイン、ドイツ、ギリシャ、アルゼンチンなどの列強はもちろん、アジアアフリカ諸国においても展示は見られた。また、スタッフが代表のユニフォームを着ているのも随所で見られ、万博会場にはサッカーがあふれていると言える。
 考えてみると凄いことだ。かの国々においてはサッカーが国の誇りの一部でもあり、なおかつそれは極東の島国においても文句なく通じると確信しているのだ。実際通じちゃうしね。
 国と国の相互理解を高めるのが万博の一つの目的であるとするなら、サッカーはこの上ない潤滑油となりうる。自分はこの世界に音楽とサッカーがあってよかったと思う。そして日本が、国を挙げてサッカーに熱狂する(こともある)国々の仲間入りしたことはすばらしいことだと思う。
「やつらもサッカーが好きだ」
 というのはえてして得体が知れない存在ととらえられがちな日本への感覚的な距離感を大きく縮めるのではないか。サミットに参加していたドイツ首相がどうしてもW杯決勝をみたくて小泉首相と日本政府専用機に同乗して来日し、以後両首脳の関係がぐっと昵懇になったなんて話を聞くとサッカーは多極化する世界の象徴でもあり原動力でもあり、かつその世界へ日本を誘う扉でもあるのだなあと思う。
 一方、独自の展開により独自のスポーツに仕立て直すのが好きなアメリカ人が多極化に対応できず、世界の中で浮いてしまいがちなのも、さもありなんと思われ。